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職業軍の建設を! 
シャルル・ド・ゴールは戦前、軍の近代化・機械化の推進派として知られ、
軍関連の本を出版してその主張を訴えていました。

その代表作とも言えるのが1934年に出版した
「職業軍の建設を!」(Vers l'armee de metier)です。

職業軍の建設を!職業軍の建設を!
(1997/05)
シャルル・ド・ゴール

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自分も現物を読んだ事は無いのですが、
色々なサイトさんを参考に概要と当時の状況を書いてみました。

彼はその著書の中で、マジノ線に頼る消極的防衛策を批判し
徴兵期間の短い兵士(1~2年)では軍の近代化・機械化に対応出来ず、
戦車・航空機・艦船を操る職業軍人の養成が必要だと訴えました。

また、機甲師団を編成して戦車を集中運用し、歩兵や砲兵も自動車化して
その機動をもって敵の重要拠点を防御を整える前に叩く事を考えていたようです。

しかし、この本の出版を受けてフランス議会の左派系議員は「職業軍」なるものを
右派が弾圧の武器として使うのではと怯え、軍部に圧力をかけます。
シャルル・モーラスポール・レイノー等の右派議員や、「フランス戦車の父」
ジャン・エスティエンヌ将軍の様に彼を擁護する者もいましたが、
恩師であるフィリップ・ペタン元帥や軍上層部は彼の著書に賛同せず、
結果的にド・ゴールは、パリ軍事委員会局長から地方の部隊に左遷されました。

国内では大した反響も無かった「職業軍の建設を!」ですが、
イギリスの軍事評論家リデル・ハート間接アプローチ戦略の基礎となる論文を発表済み)
後に電撃戦を生み出したドイツのハインツ・グデーリアンには注目されたようです。

この職業軍人と戦車の集中運用という発想はド・ゴール独自の考えでは無く、
主要国で同じように軍の機械化を研究・発表する将軍達が幾人か存在したようです。
が、その多くは軍保守派の反対や大恐慌による軍縮により、ド・ゴールと同じく
目的を達成する事はありませんでした。

戦車発祥の国イギリスでは、第一次大戦で戦車の集中運用を指揮したジョン・フラー
いましたが、軍に冷遇され退役してしまいました。
アメリカではドワイト・アイゼンハワージョージ・パットンが議会や
軍上層部に働きかけますが、これも予算が下りずに研究は停滞しました。
ソ連ではトリアンダフィーロフ縦深作戦を可能にする機械化をミハイル・トハチェフスキー
が推進しましたが、大粛清によって処刑されてしまいます。
後にノモンハンゲオルギー・ジューコフが戦車の集中運用や自動車化した兵站システム
を展開しますが、注目される事はありませんでした。
騎兵重視のポーランドでも、ヴワディスワフ・シコルスキ(政変でパリに亡命中でした)が
ド・ゴールやグデーリアンと同じような電撃戦構想を著書で発表しています。

唯一、上記の国と事情が違ったのはドイツでした。
ナチ党が政権を取る前、ヴァイマール共和国時代のドイツ陸軍長官ハンス・フォン・ゼークト
はソ連と秘密条約を結び、カザン戦車学校などで戦車・航空機の秘密訓練を行いました。
ナチス政権になってソ連との友好関係は終了しますが、多くの戦車指揮官が育ちました。
戦略面では上述のグデーリアンが部下のヴァルター・ネーリングといくつかの戦車研究の
本を共著で発表しました。これに目をつけたのがドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーです。
彼は元々自動車に興味があり、装甲師団(機甲師団)の集中運用に強い関心を寄せ、
ドイツは遂に電撃戦ドクトリンを採用するに至ります。
(しかし軍長老や保守派には当初受け入れられず、グデーリアンも苦労したようです。)

一方その頃、ド・ゴールは左遷先の部隊で一戦車指揮官として過ごしていました。
唯一の収穫は、そこで知り合った機械化推進派の老将軍シャルル・ドゥレストラン
世代を越えた友人関係を築けた事でしょうか。

大分長文になってしまいましたが「雪歩の仏蘭西救国記」は、
「もしも、当時からド・ゴールの電撃戦を採用していたら?」
というIFを含んでいるので紹介してみました。

最後に、珍しい写真を見つけたので掲載してみます。
大統領とド・ゴール

前線の戦車部隊を訪問するルブラン大統領と、それを迎えるド・ゴール大佐です。
日付は1939/10/23だそうです。まやかし戦争の頃ですね。

 
こんにちは。
ケントゥリオPもそうでしたが、架空戦記Pのみなさんは、史実を語っても実に読ませる文を書かれますねw まさに現代の語り部ではないでしょうか。
NHKのドキュメンタリーを見る気分で読めたので、また何かあったら、是非紹介してください。
では。
 
どうも~
何とか読める文章になってるでしょうか^^;

ネタはそんなに無いですが、動画作成の合間を見てこういう記事も書いて行こうと思います。
 
どうも。私も、なぜ英仏が消極的で、ドイツの跳梁を許したのだろうと考えていたのですが、山崎雅弘「西部戦線全史」で、WW1での塹壕等の防御戦の成功による戦訓と、英仏が疲弊したため、とありました。

WW1の人員、国庫の損害で国が傾いている現状では、ペタン将軍のマジノ線防衛論が市民に「兵士の生命を重んじる立派な発想」と言われるのはわかる気がします。

そうであるからこそ、IF戦記はおもしろいものですよね。期待してます。
 
「西部戦線全史」買いました~
良くまとまっていて読みやすいです。

フランスはWW1での人的資源の損害がひどすぎましたね。
HoI2でも初期フランスはドイツの半分以下の人的資源しかありませんし。

 
買われました?山崎雅弘著作は全部好きなんですよね。文庫版なのに地図まで完備なので。

そうそう、人的資源がないんですよね。それでHOI2では、ベルギーの国境までマジノ線延ばしたこともありましたが、これも「ディール計画」を考えるとやってはいけない。現実はゲームのようにいかない。

でも、新事実を知ると妄想が広がるので、やはり知識の探求は必要ですね。
 
庭上げPお勧めっぽいので買っちゃいましたw
読みやすくて良い本だと思います、機会があったら他のも探してみますね。

最初にフランスやった時はマジノ線延長しましたね~。
それで延々とベルギー領のドイツ軍とファニーウォーしてました。
独ソ戦が中々発生せずに、イタリア・スペイン・ポルトガルまで参戦してきて
フランス南部が大変な事になりましたが・・・

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